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東京高等裁判所 昭和48年(行コ)26号 判決

控訴人 中野興業株式会社

被控訴人 中野税務署長

訴訟代理人 伴義聖 丸森三郎 ほか二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人が昭和四三年三月二九日付でした控訴人の昭和三九年二月一日から昭和四〇年一月三一日までの事業年度の法人税更正(ただし、東京国税局長が昭和四三年一〇月二九日付でした裁決によつて取消された部分を除く)および昭和四〇年二月一日から昭和四一年一月三一日までの事業年度の法人税更正の各処分を取消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人代表者は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、次に記載するほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人代表者は次のとおり付加陳述した。

本件更正処分の通知書に付記すべき理由不備の違法について

1  原判決理由の二の2に認定された本件更正理由および被控訴人が本件において更正の理由として主張するところは、いずれも中野税務署の係官として本件の調査を担当した上島馨が被控訴人の決裁をうるために作成した「法人税決議書」のうち調査経過書に更正の理由として記載した更正理由とはその趣旨を異にし、また控訴人に対する本件更正通知書に記載された更正理由ともその趣旨を異にする。したがつて、本件更正理由が原判決の認定したようなものであるとすれば、本件更正通知書には真実の更正理由とは異る理由が附記された点において違法がある。

2  右のとおり原判決が認定した前記更正理由は、本件更正通知書に記載された更正理由と同一趣旨のものでなく、また中野税務署の本件担当の係官上島馨が調査の結果「権利等譲渡収入」という用語で表現しようとした趣旨とも異るのであるから、被処分者である控訴人は到底本件更正の理由を理解しえないのである。のみならず、・青色申告者に対する更正理由の附記は、単に相手方に更正の理由を知らせるためばかりではなく、慢然たる更正のないように、更正の妥当公正を担保する目的をも含むから、申告者が更正の理由を知つていると否とにかわりなく通知書の記載自体によつてこれを明らかにすべきであり、更に帳簿書類の記載以上に信憑力ある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを要する。しかるに本件附記理由は「権利等譲渡収入」というきわめて曖昧な表現であつて、右の要件を具備するものではない。

二  被控訴人指定代理人は、次のとおり付加陳述した。

被控訴人は本件各更正の理由付記についての主張について、次のとおりふえんする。

本件の借入金又は敷金の名目で控訴人が金銭を受領したのは事実を仮装したものであつて、右金銭の受領は控訴人の益金となる。

ところで、右益金となることについての事実関係は同一であつても、当該事実関係にかかる法律的評価は多様であつてその性格上おおむね左のように分けられる。

1  特定入居者として公社に推せんし、特定入居者らをして公社の行う公募又は抽せんによらないで公社の住宅を購入し同住宅に入居することを得させたことの対価もしくは謝礼金。

2  特定入居者から無抽せんで公社の分譲住宅を購入しうるよう、公社に推せんしたことについての仲介手数料ないしは、無抽せんで購入するための手数料。

3  特定入居者に公社の分譲住宅の優先入居権を移譲したことの対価。

4  控訴人が一旦公社から住宅の分譲を受け、その住宅を入居者にそのまま又は庭園の使用権ないし賃借権を附して移譲したことの対価。

そして原処分調査担当者が、本件各更正に理由付記をするに際して認識した法律的評価は右の3であり、右の法律的評価の趣旨にそつて理由付記をしたものであるが、右の法律的評価は控訴人が特定入居者らと住宅売買契約書を取交わす(乙第一〇号証の一、二)とともに当該契約書中で「入居権の移譲」の文言を使用していたこと、住宅そのものは、法令上公社から控訴人が取得することを禁じられていたこと等から、控訴人が公社へ入居者を推せんすることにより得られる住宅の優先的買受資格ないしは、優先的に入居できる利益の移転を主体に認識せざるを得なかつたことに起因したものである。

しかして、原判決は本件各更正の理由を右の1の趣旨で認定しているが、右のとおり、本件各更正の理由付記の基礎となる事実関係に差異がなく、いわば法律的判断の理由付けの差異に過ぎないものであるから、不備の違法があるということは正鵠を射ていないものである。

しかも、事実を仮装していた控訴人にとつては、本件各更正の理由付記の全体から、原判決が認定した本件各更正の趣旨を、控訴人が当該更正通知書を受領した当時、十分理解することが可能な状況であつたことは既述したとおりである。

三  証拠〈省略〉

理由

一  次の事実は、いずれも当事者間に争がない。

1  控訴人主張のとおり本件更正処分がなされたこと、すなわち原判決事実摘示中の「原告の請求原因」の1記載の事実

2  右更正通知書に更正の理由として、原判決三枚目表九行から同四枚目表二行までに記載のとおり記載されていること

二  所得の認定について

1  財団法人東京都住宅公社(以下公社という)が住宅金融公庫から住宅建設資金の貸付けを受けて昭和三九年中に控訴人所有の東京都中野区新井町一丁目五五番の一および二所在の宅地の上に鉄筋コンクリート造地下一階地上六階の長期分譲住宅を建設し(但し地下一階および地上一階部分の建設主は控訴人である)、同年一一月一六日住宅金融公庫法施行規則第一九条第一項の規定に基づいて控訴人に対し同住宅への入居者の推せんを依頼し、控訴人がこれをうけて公社に対し原判決末尾の別表一および二の住宅番号欄記載の番号の住宅への入居者として氏名欄記載の者を推せんし、これらの者から年月日欄記載の日に科目欄記載の借入金または敷金という名目で金額欄記載の金員を受領した事実は当事

者間に争いがない。

2  右事実に〈証拠省略〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  公社は昭和三九年から同四〇年にかけて前記住宅を分譲した。当時東京都内における住宅の需給状況は極めて窮屈であつたうえ、公社の分譲住宅は都心から交通至便の地にあり、しかも民間のそれと比較して価格が著しく低廉であつたばかりでなく、頭金(一三〇万円)のほかは長期(三五年)の割賦で支払うこととされているため、入居希望者が多く、これを購入しようとする者は平均五・六〇倍もの高率の抽せんに当せんしなければならなかつたが、公社から入居者の推せんを依頼された者によつて推せんされた場合は、抽せんによらないで、公社の分譲住宅を購入することができた。住宅金融公庫法の規定の趣旨によれば、同公庫から住宅建設資金の貸付けをうけて建設した住宅の譲渡については、建設費、公庫の貸付金の利息その他の必要費を超えて金品を受領し、その他譲受人の不当な負担となることを譲渡の条件としてはならないのであるが、公社から入居者(住宅の譲受人)の推せんを依頼された者は被推せん者から何らかの名義で相当額の謝礼金を収受するのが通例となつていた。

(二)  控訴人は、その所有の前記土地の上に公社のため地上権を設定して公社に分譲住宅の敷地を提供したところから、公社から二階より六階までの分譲住宅二二戸の内一一戸について入居者の推せん依頼をうけたもので、控訴人が公社に対し誰を推せんするかについては、公社の定めた入居資格を有する者であることのほかは、全く控訴人の自由な裁量にまかされていた。

(三)  控訴人は、公社に対し右一一戸の内原判決末尾の別表一および二記載の番号の住宅(二〇〇番台のものは二階、三〇〇番台のものは三階である)についてそれぞれ同氏名欄の者を入居者として推せんし、抽せんによらないで同住宅を購入することを得させた。この建物の一階および地下は控訴人の所有で、二階の住宅の前に一階の屋上部分があるので、控訴人はその一階屋上部分に土を盛り、芝を植えて二階の各戸毎に仕切りの塀を設け、二階の住宅に附属のそれぞれ約一五坪程の庭園を造つた。そこは一階の屋上であるから、大きな木を植えたり重い石や構築物を設置することはできない。

四  控訴人が原判決宋尾の別表氏名欄記載の入居者のうち阿部鉄太郎、小尾栄、三松士逸、前原輝久ら四名から収受した金員について。

(イ)  阿部鉄太郎は、本件住宅三〇三号室購入の際に控訴人との間に契約書を取交すことをしなかつたが、控訴人から右住宅を購入したものとして、公社に支払う頭金一三〇万円のほかに、控訴人に対し、「住宅購入代金」として金七〇万円を支払つた。抽せんによらないで公社の住宅を購入しえたところから当然のこととして支払つたものである。その際、阿部は控訴人から、昭和三九年一二月一二日付金三〇万円、昭和四〇年六月三〇日付金四〇万円の二通の領収証を受取つたが、そこにはいずれも、但書として「借入金として年一分の利息を、昭和四一年三月末日より毎年三月末旧に支払致します」と書かれている。同人は右の七〇万円を返えしてもらうつもりはなかつたが、控訴人の係りの者から「対外的には借りたことにしておいてくれ」と頼まれたので、このような領収書の発行をうけたものと考えていた。控訴人はその後阿部に対し昭和四一年五月に同年度分の利息として金七、〇〇〇円を支払い、その後も昭和四五年まで毎年五月頃にその年分の利息として各七、〇〇〇円の支払をした(以上この項の認定は、〈証拠省略〉による)。

(ロ)  小尾栄は本件住宅三〇四号室購入の際に、控訴人との間に別紙一のような契約書を作成した。同人は公社に支払う頭金のほかに控訴人に対し金七〇万円を支払うについて、無抽せんで入居できるのであるから、世間でいわれている礼金のようなものを支払うのは当然と考えていたし、もともと右室についてはその所有権は控訴人にあると信じていたので別に疑問をもたなかつた。小尾はその際に控訴人の係りの者から「この七〇万円は借入金ということになつており、年一分の利息がつくので受取つて下さいよ」といわれたが、その返還をうける期待はしていないので、それに利息がつくというのはおかしいと思つたが、特にたしかめてみなかつた。同人はその後昭和四三年九月になつて控訴人から利息と称して金員の支払を受けるまで、右七〇万円について利息の支払をうけたことはない(以上この項の認定は〈証拠省略〉による)。

(ハ)  三松士逸は、本件住宅二〇四号室購入の際に、控訴人との間に別紙二・三のような契約書二通を作成し、控訴人に対し、公社に支払う頭金一三〇万円のほかに金一三五万円を支払つた。そして、控訴人から三松に対し右合計金二六五万円の内金五〇万円は昭和四〇年二月五日に、残金二一五万円は同年三月二日に受領した旨の二通の領収証が発行され、五〇万円の領収書には「新井町住宅二〇四号室売買契約による手附金」との、二一五万円の領収証には「新井町住宅二〇四号室契約による残金の入金分」との但書が書かれている。三松ははじめ右金二六五万円は庭園付住宅の購入代金の頭金と考えていた。そして最終的に契約書作成の段階になつて控訴人の係員から敷金ということを聞いたが、名目はどうであろうと敷金という認識はなかつた。また返えしてもらえる金だと思つていなかつた。控訴人から三松に対し、敷金を返えすという話はなかつた。同人は控訴人に対し庭園の賃料を支払つたことはない。三根は昭和四二年二月になつて右住宅を庭園付のまま代金二九〇万円で志村博仁に売渡した(以上この項の認定は、〈証拠省略〉による)。

(ニ)  前原輝久は、本件住宅二〇三号室の購入の際に、控訴人との間に別紙四・五のような二通の契約書を作成した。同人はその際庭園付住宅を頭金二七〇万円で控訴人から買受けたものと考えてその支払をした。そして同人は、その内の一四〇万円が庭の貸借についての敷金だとは考えなかつたし、それを返えしてもらえるものとも考えなかつた。同人はその後しばらくして控訴人から庭園の賃料を請求されてこれを支払つた。同人は昭和四四年七月に右住宅を庭園付のまま代金三二〇万円で控訴人に譲渡した(以上この項の認定は〈証拠省略〉による)。

3 被控訴人は、本件更正通知書に記載の「三九年一二月一二日借入金に経理した阿部鉄太郎よりの入金分七〇〇、〇〇〇円ほか一件」の「ほか一件」というのは、原判決末尾別表一の田島隆よりの入金分を指し、「昭和四〇年三月二日借入金に経理した小尾栄よりの入金分七〇〇、〇〇〇円ほか一件」の「ほか一件」というのは、同別表二の佐藤治夫よりの入金分を指し、「四〇年三月二日預り敷金に経理した三松士逸よりの入金分一、三五〇、〇〇〇円ほか三件」の「ほか三件」というのは、同別表二の大玉勝政、西島博、前原輝久の三名よりの入金分を指し、これらはいずれも「借入金」もしくは「敷金」ではなく、控訴人が無抽せんで公社の分譲住宅を購入しうるように推せんしたことについての仲介手数料、又は入居者に公社の分譲住宅への入居権を移譲したことの対価であつて、被控訴人は更正通知書において、その趣旨でこれを「権利等譲渡収入」と表現して、控訴人の所得に加算すべきであるとしたのであると主張する。そこで、この理由の記載の形式に不備があるかどうかの点は後に判断することとし、まずその「借入金」もしくは「敷金」の実質が、被控訴人主張のようなものであるかどうかの点について考察する。

(一)  原判決末尾の別表一・二に記載の八名のうち阿部鉄太郎、小尾栄、三松士逸および前原輝久の四名について、同人らが同別表金額欄の各金員を控訴人に支払つた点に関連する事実関係は、前記2(四)の(イ)ないし(ニ)において認定したとおりで、この事実によると、右四名はこれらの金員について、それはいずれも控訴人から本件住宅(建物の区分所有権)を、二階のそれについては庭園の使用権をも含めて購入した売買代金の一部と認識しており、契約書等に「借入金」とか[敷金」とかの文言があつても、将来その返還をうけうるものという認識ないし期待をもつていなかつたのである。そして他方、以上認定の各事実と〈証拠省略〉を総合すると、控訴人を代表して右契約の衝に当つた大玉勝政は、右の金員はいずれも、阿部らを公社に入居者として推せんし、無抽せんで住宅を購入することをえさせたことに対し報酬(礼金)を取得する目的で、被推せん者との関係では住宅売買の形式を用いて収受したものであることがうかがわれる。

控訴人は、阿部鉄太郎に対し、同人から受領した金七〇万円について、借入金として年一分の利息を支払う約束をし、現実にその支払をしたのであるが、その利率は低廉にすぎる上、元金の返済について何らかの約定をした事実は、これを窺うに足るものが全く存しないので、以上認定の諸般の事情を併せて考慮すると、右七〇万円は控訴人が無抽せんで本件住宅を購入することをえさせたことの仲介手数料、もしくは謝礼金として阿部から受領したもので、右利息の支払は、これを僧入金と偽装するための手段として行なつたものと判断するのが相当である。

控訴人が小尾栄から受領した金七〇万円も、以上認定の事実を総合すれば、これを借入金と見るのは困難であつて、やはり控訴人が小尾に対して本件住宅を無抽せんで購入することをえさせたことに対する仲介手数料ないしは謝礼金と判断するのが相当である。

控訴人が三松士逸および前原輝久から受領した金員についても、前記認定の諸般の事情を総合すると、これを庭園の賃貸借に附随の敷金と見ることは困難で、控訴人の偽装とみるべきであろう。しかし、この二人の場合は右の阿部およぴ小尾の場合とは多少趣を異にする。〈証拠省略〉によると、本件の二階と三階の住宅は面積も間取りもほぼ同じもので、前記のように二階の住宅には約一五坪程の庭園が付いているが、三階のそれには庭園がついていない。阿部と小尾の購入した住宅は三階で、三松と前原が購入したのは二階である。本件のように都心に近い高層ビルの任人にとつては此のような庭園は、屋上庭園であることによる使用方法の制限はあつても、大きな魅力をもち、したがつて経済的にも十分評価しうるものであろう。そして右庭園の部分は、控訴人の所有にかかる一階の部分の屋上にあり、控訴人がそこに庭園を造つたものである。これらの点を考え併わせると、三松と前原が控訴人に支払つた金額のうちの半額は、阿部と小尾の場合と同様に、控訴人が無抽せんで本件住宅の購入を得させたことに対する仲介手数料もしくは謝礼金として受領したもの、残りの半額は控訴人が両名に対し庭園の使用権(使用貸借もしくは賃貸借による)を設定したことの対価として受領したものと判断すべきであろう。

以上によれば、控訴人が阿部鉄太郎、小尾栄、三松士逸および前原輝久から受領した原判決別表一・二の当該部分に記載の金員は、いずれも控訴人の所得として課税の対象とすべきである。

なお、控訴人が本件更正決定の後にした措置およびそれが右の認定の妨げとならないことについて、原判決の一八枚目裏八行から一九枚目裏九行までの記載(ただし一九枚目表一〇行から一一行の「甲第一一号証の二」を「甲第一一号証の二の(1)から(3)まで」と訂正する)をここに引用する。

ところで、原審証人上島馨の証言によると、被控訴人は本件更正に際し、調査の結果、控訴人が入居者から収受した原判決別表記載の金員は「入居権移譲の対価」もしくは「物件移譲の対価」、庭園のある住宅については「庭園の使用権の対価をも含めて」と判断し、これを「特定入居者よりの権利等譲渡収入」と表現したものであることが認められる。そして本訴においても被控訴人は二次的にではあるが「入居権を移譲したことの対価」などと主張している。しかし、前記認定の事実によると、庭園については別として、本件住宅自体については、控訴人は「移譲」することのできる「権利」と云えるようなものをもつていなかつたのである。前に説明した本判決添付の別紙一および三・四の各契約書の中には、一たん控訴人が公社に頭金を支払つて公社から住宅の譲渡をうけ、これを更に控訴人から小尾、三松、前原らに譲渡する趣旨の記載があるが、〈証拠省略〉によると、公社は控訴人の推せんによつて二〇三号二〇四号および三〇四号の各室については、一たん上野久夫、大河原昇、山本貞夫なる者をそれぞれ譲受人と定め、これらの者から頭金各一三〇万円を受領したが、その後控訴人から被推せん者変更の申出があつたので、右三名に対する住宅の譲渡を解消して、受領ずみの頭金を返還し、あらためて控訴人の推せんにより二〇三号室については前原を、二〇四号室については三松を、三〇四号室については小尾(控訴人が公社に対し以上三室について右三名を入居者として推せんしたことは、当事者間に事いがない。)を譲受人として、これらの者との間に直接の売買契約(長期分譲住宅契約)を結び、同人らから頭金の支払をうけた事実が認められる。本判決添付の別紙一および三・四の記載によると、右の上野、大河原および山本なる者は、控訴人が便宜のためのその名義を使用したにすぎず、頭金を支払つたのは控訴人であるようだが、いずれにしても公社と右上野ら三名との間の契約は解消され、前原ら三名は公社から直接本件住宅を買受けたのであつて、控訴人から買つたのではなく、控訴人はこれらの室についても前原らとの関係では公社に対し入居者の推せんをする地位をもつていたにすぎないのである。したがつて、本件更正理由中の「権利等譲渡収入」という表現は、控訴人の主観もしくは、その収入の実質上の趣旨から見た場合には適切ではないのであるが、控訴人は前記のとおり阿部ら四名との間に「公社分譲住宅売買契約」を締結し、その代金の一部として前記各金員を受領したのであつて、この客観的事実からすれば、これらの金員はまさに権利譲渡の対価としての収入なのである(第三者の権利の売買ももとより可能で、控訴人は結果において売主として義務を完全に履行したことになるが、此の点を深く論ずる要はあるまい)。

以上いろいろ考察して来たが、要するに、控訴人が阿部らから収受した金員の性質については、これを法律的にせんさくすれば、様々な見方が可能であつて、被控訴人がその一面を捉えて「権利等譲渡収入」と判断したとしても、その判断に誤りがあるとはいいえないのである。

(二)  次に、原判決末尾の別表一・二に記載の八名のうちのその余の四名すなわち、田島隆、佐藤治夫、大玉勝政および西島博についてであるが、控訴人はこの四名についても前記のとおり、控訴人がこれらの四名から同別表の当該欄記載の金員を受領した事実を争つてはいない。しかし、この四名については、本件住宅の入居についての推せん者と被推せん者の関係として、一搬的に前記二の1および同2の(一)ないし(三)の事実が認められるだけで、この四名の各人が右の金員を如何なる趣旨で支払い、控訴人がこれを如何なる趣旨において受領したかの点の具体的な事情については、これを窺うべき資料がない。殊に、〈証拠省略〉によると、田島隆は当時の控訴人会社の代表取締役田島周の長男、佐藤治夫は大玉勝政の主宰する大玉事務所の事務員で大玉とともに控訴人会社の経理事務を担当していた者、大玉勝政は当時控訴人会社の代表取締役の田島周が病気であつたため同人に代つて事実上控訴人会社の業務を主宰し、後に控訴人会社の代表取締役に就任した者、西島博は大玉勝政の友人であつて、本件住宅のうちこれらの者の名義で購入されたものは、前記四名のように一般から募集されたものではなく、いずれも実質上は控訴人もしくは大玉勝政の購入にかかるものであることがうかがわれるのであつて前記四名の場合とは事情を異にするのである。〈証拠省略〉によると、控訴会社の代表取締役大玉勝政は、本件更正処分の後の昭和四三年六月一三日付で「大玉勝政」に宛てて別紙六記載の内容の通知書を送付した事実が認められ、これと〈証拠省略〉とを対比すると、控訴会社代表取締役大玉勝政はその頃同時に前原輝久、三松士逸、小尾栄および阿部鉄太郎に宛てて、それぞれ同人らから受領した金員が「借入金」もしくは「敷金」名義であつたかの差に応じて、右通知書とほぼ同一の内容の通知書を送付した事実が認められるが、この事実だけからして、控訴人が右大玉ら四名から受領したものとする金員の実質も、すべて前記阿部ら四名から受領した金員と同様のものであろうと推測するには、甚だ躊躇を感ぜざるをえないのであつて、他に控訴人が右大玉ら四名から受領したものとする金員の実質が被控訴人主張のようなものである事実を認めるに足る資料はない。被控訴人が本件更正処分において、この四名からの「借入金」もしくは「敷金」につき、申告書の記載に誤りがあるとした実体上の判断は、根拠薄弱として違法とせざるをえない。

三  理由附記について

被控訴人は、前記のとおり本件更正通知書に附記された更正の理由の記載のうち「ほか一件」とか「ほか三件」とかの記載は、それぞれ原判決末尾添付の別表一・二のうちの前記二の3の冒頭に記載の者からの入金分を指し示すものであるという。しかし、右附記理由の記載自体からはもとよりそのようなことを読み取れるものではない。右の記載自体からは、更正にかかる勘定科目が「ほか一件」もしくは「ほか三件」の分も、同じく「借入金」もしくは「敷金」なのか、又はその他の科目なのかの点および収入の日、相手方、金額などが不明で、所得として加算すべきものとする合計金額算定の根拠を具体的に示したものとは云いえない。右の附記理由は控訴人の帳簿書類の記載に誤り(仮装)がありひいては申告にかかる課税標準としての所得金額の計算に誤りがあることを指摘するものであろうが、被控訴人が誤りがあるという個所が帳簿書類のどの部分なのかが、右の記載自体からは不明である。被控訴人は、本件更正の理由は、控訴人において十分推知しえたと主張するが、法が更正通知書に理由の附記を要求する所以のものは、その理由を納税者に知らしめる目的からばかりでなく、これによつて更正の慎重を期待し、納税の適正公平に資する目的に出でたものであるから、納税者がその理由を知りえたかどうかに関わりないのである。

以上、本件更正処分の通知書には、理由附記として不備の違法もあると云わなければならない。

四  よつて原判決を取消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民訴九六条、八九条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判官 松永信和 小林哲郎 間中彦次)

別紙〈省略〉

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